機略戦記

Maneuver warfare

ポケモンGOが面白いのは現実と仮想が接続されるから

7/22にポケモンGOがリリースされて以来、4日間ほど遊んで見て、このゲームは面白いと感じた。 なぜそのように感じたのか自分なりに考えてみたので、考えたことをメモしておく。

ポケモンGOで遊ぶと画面の外と中とが相互に影響を与える事が実感できる

  • 画面の外で何かすると、画面の中に影響を与える
    • 画面の外で歩くと、画面の中でキャラクターも移動する。
    • 画面の外でうろうろすると、画面の中ポケモンが登場する。
    • 画面の外で渋谷に移動すると、画面の中にたくさんのポケスポットが映る。
  • 画面の中で何かすると、画面の外に影響を与える。
    • 画面の中でポケスポットにルアーを設置すると、画面の外で人が集まってくる。
    • 画面の中でポケスポットを巡っていると、画面の外で自分が住む街について詳しくなる。
    • 画面の中ポケモンを捕まえまくっていると、数日後に画面の外で体重が減り、お通じが良くなり、体調がよくなる。

このように、画面の外の行動が画面の中に影響を与え、画面の中の行動が画面の外に影響を与えることで、画面の外と中が接続されたように感じる。
ここでは「接続」と言う単語を、画面の外と画面の中が相互に干渉可能な地続きの世界になったように感じられる事という意味で使っている。

ここで言う、画面の外とは別の言い方をすれば現実であり、 画面の中とはフィクションであり仮想である。

ポケモンGOは現実と仮想が相互に影響しあうようにする事によって、現実と仮想を接続するような効果を生んでいるように感じる。

この体感は新鮮だし楽しい。特に「画面の中、仮想、フィクションの世界で何かすると現実に影響を与えられる」という体感に、今までに無い新鮮さを感じた。

現実と接続された仮想は、単体で存在する仮想よりもずっと魅力的だ。物語の中に入り込んでプレイするようなものだからだ。

この現実と仮想が接続される体感が、ポケモンGOの面白さの根幹なのではないだろうか?

もちろん、ポケモンを育成したりコレクションしたりする楽しみや、ダーツのような偶有性をもったモンスターボール投げ、レアなポケモンが出てこないかドキドキしながら歩きまわったり、卵を孵化させたりするという予感に対してドキドキを感じる面白さも有ると思うが、そういった王道的なゲームの面白さを、現実と仮想の接続感が大幅に高めてくれているように感じる。

似た体感: 仮面ライダープリキュア遊戯王

この「現実と仮想が接続される体感」に対して理解を深めるために、別の事例が無いか考えてみた。
仮面ライダー」と「プリキュア」と「遊戯王」がそれに近いかも知れない。

ある日曜日にTVをザッピングしていて仮面ライダーが目に止まった。 そして、僕は、仮面ライダーが変身に使っている道具に非常に興味を惹かれた。

その道具が「非常に玩具として製造しやすそうな形」をしていたからだ。 樹脂で出来ていて、金型でプレスしやすそうで、着色の工程が簡単そうな、飲み込んだり、目に刺さったりしにくそうな、でも玩具っぽくなくて格好良さを感じる形をしていた。

これはきっと、玩具を手にとった子供が、よりリアルに道具の存在を感じられる事によってより高い価値を玩具に感じられるようにする(ひいては玩具の売上を上げる)ために、劇中に登場する道具を、玩具として再現しやすい形にあらかじめ工夫してデザインしてあるのだろう。

プリキュアの劇中に出てくるガジェットも、遊戯王に出てくるトレーディングカードもそのような工夫が感じられる。

この仕掛は、先ほどの「現実と仮想が接続される体感」という視点で捉えると、「仮面ライダー」というフィクションの世界と現実が玩具によって接続される事を期待したユーザー体感設計と言える。

似た体感: 宗教

さらに、類似する物が無いか考えてみた。 もしかすると、宗教は、この「現実と仮想が接続される体感」が強いかも知れない。

  • 現実で何かした事が、超越的な世界(天の国とか)に影響を与える。
    • 現実で罪を犯すと、罰が記録される。
    • 現実で善行を行うと、徳が貯まる。
  • 超越的な世界での出来事が、現実に影響を与える。
    • 超越的な世界で超越的な存在の怒りを買うと、現実の世界に祟りがある
    • 超越的な世界で何かが起きると、現実の世界で奇跡が起きる。

祟や奇跡の原因を、「超越的な世界での出来事の結果」とする事で現実と超越的な世界に接続をもたらそうとしている。

まとめ