機略戦記

Maneuver warfare

本を読んだ |「オホーツク核要塞」小泉悠

オホーツク核要塞 歴史と衛星画像で読み解くロシアの極東軍事戦略 (朝日新書) | 小泉 悠 |本 | 通販 | Amazon

ロシアを専門家とする軍事研究家の小泉悠氏の新作である「オホーツク核要塞 歴史と衛星画像で読み解くロシアの極東軍事戦略」を読んだ。

個人的にはおもしろかったが相当マニアックにテーマが絞られており、どういう人になら薦められるのか悩む感じの内容だった。

自分としては、この本で焦点が当てられている「オホーツク海の核戦力」そのものより、オホーツク海の核戦力について解説される過程で感じる核兵器にまつわる人類の狂気といった面が興味深かった。

大まかな内容

冷戦期から現代にかけて、オホーツク海を拠点とするロシアの原子力潜水艦の性能や体制がどのように変遷してきたか解説する内容だった。 大まかには、オホーツク海の核戦力は冷戦末期までに増強されていくが、ソ連崩壊でロシア軍に資金がなくなり崩壊寸前の状態になるが何とか切り抜け、現在までに再び充実してきていると言った内容だった。

なぜオホーツク海の核戦力が重要なのか?

核兵器の運搬手段の主な物として、以下2つがある。

  1. 地上から発射するICBM(大陸間弾道ミサイル)
  2. 潜水艦から発射するSLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)

この内、潜水艦は海中に潜んでいて敵国から核攻撃を受けた後でも生き残れる可能性が高いため、核攻撃を受けた後の報復的な核攻撃を行う戦力として重要性が高い。ロシア軍が保有するSLBMはロシアに隣接しているオホーツク海から発射しても米国本土まで到達するだけの飛距離があるため、オホーツク海に西側諸国が近づきにくいように戦力を配置したうえで、その範囲の中に原子力潜水艦を潜ませているとのことだった。

よって、オホーツク海はソ連(やロシア)の核戦略を担う一大拠点であり、冷戦期も今も地理的に重要との事だった。 ちなみにもう一つロシアにとって似た役割をもった海域があり、それが北極圏とロシアの間に位置するバレンシア海だそうだが、そこはそれほど深くは触れられない。

感想

以下、本の内容についても触れてますが、本を読んで私が連想した内容も含まれてますのであしからず。 (私の適当な感想が万が一書籍の内容だと誤解されたら著者に申し訳ない...)

ニッチすぎるテーマ

個人的に興味深い内容だったが「ロシアの軍事戦略」でもなく「ロシアの核戦略」でもなく「米露の戦略核兵器」でもなく、「ロシアかつオホーツク海の潜水艦」はテーマがさすがにマニアックすぎるなと感じた。メインの読者としてどういう人を想定しているのか気になる。(ロシアによるウクライナ侵攻が現在進行中なので、ヨーロッパ方面のロシアの軍事戦略については状況の変化が多くて書籍化しにくい時期なのかも知れないと勝手に想像している)

ただ、もしかすると北方領土問題に深い関心がある人にとっては貴重な本になるかも知れない。「北方領土をロシアが実効支配している事の軍事的な意味」みたいなのは凄く伝わってきた。

核にまつわる人類の狂気

高校生のころ授業でならった「相互確証破壊」の概念は以下のような感じだった。

  • 全面的な核攻撃を受けた後でも、相手国に対して核兵器で反撃する能力があれば、相手は報復を恐れて核攻撃を思いとどまる。双方が同じ状態になるので全面的な核戦争は起きない。

だから核に対して確実に核で反撃できる戦力が必要というのは理屈では分かるけど、やはり狂気を感じる。

狂気感じたエピソード
原子力潜水艦の核攻撃能力

(そもそも核で本国が壊滅しても潜水艦から核で反撃するという発想が怖いけど)現代的なSLBMは、MIRVといって1発のミサイルで複数の核弾頭を別々の目標に投射できるそうな。そして、潜水艦にはSLBMが16発ほど積んであるため1隻で100箇所以上の核攻撃が出来るらしい。そういうのが2010年代においてもオホーツク海に3隻、バレンツ海に7隻ほど潜んでいるそうです。

MIRV - Wikipedia

「核による報復」って象徴的な意味で打ち返すとか、相手も無傷では済まさせないとかそういう話じゃなくて、本当に根絶やしにする勢いでの「報復」なんですね...

ちなみに米軍も似たような潜水艦を保有している。 Amazon.co.jp: ルポ アメリカの核戦力 「核なき世界」はなぜ実現しないのか (岩波新書 新赤版 1952) : 渡辺 丘: 本

デットハンド・システム

ソ連首脳部が核攻撃で全滅した場合に、自動的に核ミサイルを発射して報復を行うシステムがあるっていうのは聞いたことがあったけど、SFか何かの話かと思ってた。本当にあるんですね。

Dead Hand - Wikipedia

ちなみに米国にも(さすがに自動報復じゃないものの)似た役割を持った指揮システムがあるらしい。それで空中で指揮しながら核戦争したあとどこに着陸する気なんだ...

E-4 (航空機) - Wikipedia

その他に「エスカレーション抑止のためのエスカレーション」や「大量報復戦略」といった戦略も怖かったが切りが無いので止めておく。

合理的に考えた結果の狂気

1隻で世界を壊滅させられる潜水艦がうようよしてる世界と、1発の核兵器も無い世界、どちらに暮らしたいか? って聞かれたら後者と答える人が圧倒的に多数だと思うんだけど、集団が合理的に考えていった結果、前者の世界になってしまうのが人間の怖いところだと思った。

歴史も政治体制も違った米国とソ連の核兵器群は素人目にはとても似通っている(ICBM、SLBM、確実な反撃を行える指揮システム)。だからこれはきっと様々な"合理性"をそなえた体制なんだと思う。誰かが狂った結果こうなってるのならまだ救いもあるが"合理性"の結果がこれなのであれば悲惨だな〜というのが自分の感想だった。

合理的/非合理的という単純な仕分けが良くないのかも知れない。核を突きつけ合う世界は長期的にみたら人類滅亡のリスクをはらんでいて非合理だが、その場その場の判断としては合理性があったのだろう。(それを積み重ねた先にあったのが合理的かはともかく)

つまり人間が発揮できる合理性のスコープには限界があるという事かも知れない。