本を読んだ | 「トラクターの世界史」藤原 辰史
Amazon.co.jp: トラクターの世界史 - 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち (中公新書 2451) : 藤原 辰史: 本
名前の通り、農業で使うトラクターの歴史について解説した本。
私としてはそれほど夢中になって読んだという感じではなかったが、扱っているテーマがユニークなため現代的な農業の歴史に興味がある人にはおすすめな一冊だった。
トラクターによって農業の機械化が進み労働人口が戦争や第二次産業などに移った点や、トラクターのために開発された”キャタピラ”が戦車の開発に繋がっていった点などが興味深かった。
なぜ自分がトラクターに興味をもったか?
子供のころ、田畑が多い地域に住んでいたのでトラクターはまあまあ身近だった。 公道を低速で走る大きな車両、祖父が趣味でやっていた畑で使われる手押しの耕運機など、いろんな物を見かけた。ただトラクターは事故が多い危険な乗り物でもあるので子供だった自分が親しみを感じるほど触れる機会もなかった。
そういうわけで、トラクターは自分にとって「存在は知ってるが、縁遠い機械」という感じで特に関心も持ってなかったが、言われてみれば機械抜きで畑を耕すのは物凄い重労働であり、私が食べている食料もトラクターが耕した土で育ったはずなのだ。そういう意味で現代の農業をささえているのがトラクターであり、実は社会を裏でささえている技術の一つというのがトラクターの興味深いところだと思う。そういう関心でこの本を手に取った。
本書の大まかな内容
- トラクターの技術的な発展の歴史
- トラクターが農業、社会に与えた影響
トラクターの技術的な発展
トラクター登場以前、田畑を耕す作業は主に家畜がひく"鋤"によって行われてきたがこれは大変な重労働だった。例えば、小麦生産に必要な労力の60%ほどが畑を耕す作業で消費されていた。
これを機械化するために1859年ごろにイギリスで蒸気機関を使って畑を耕す機械が発明されたが、大きすぎ、重すぎて広くは普及しなかった。
その後、1892年にアメリカで内燃機関を使ったトラクターが誕生する。 1917年に自動車メーカーのフォード社による小型トラクター「フォードソン」が開発され、低価格化が進み、アメリカでトラクターが広く普及する。
その後、パワーテイクオフ(トラクターの動力を使って様々な作業機を動かす機能。耕す以外の様々な作業が可能に。)のような機能性の向上を行いながらトラクターはさらに普及する。
トラクターと社会
トラクターの普及が引き起こす社会的な影響も興味深かった。
例えば、第一次世界大戦期にはトラクターが普及することにより、農場での労働力が節約されてより多くの若い男性を戦場に送ることが可能になった。また、同様に農村の馬も戦場に徴発された(騎馬戦はすでに激減していたが、軍事物資の運搬に馬の需要があった)
広い目でみれば、トラクターには農業から他の産業に労働人口をシフトさせた影響があった。
以下はWebを検索して出てきた資料を適当に引用したものだが、アメリカにおける労働人口に占める農業従事者の割合を示したグラフだ。 一貫して減り続けており、他の産業に労働人口が移行していっている事が分かる。それにも関わらず農産物の生産高は上昇し続けているため、農業の生産効率が大きく上昇していてきた事が分かる。 もちろん、品種改良、農薬、肥料などの改善も生産性に寄与しているだろうが、トラクターもこうした効率化を担った技術の一つだったのだろう。
40 maps that explain food in America | Vox.com
感想
技術は目に見ない
この本を読むまで毎日の食事をするなかで「トラクターの貢献」に思いを馳せたことはなかった。 おそらく今後もトラクターの貢献を思い出すことはほとんどないだろう。
ただ、日々の食事はトラクターや肥料・農薬・品種改良などの技術に間違いなくささえられている。 その効果を意識しなくても享受できるのが、現代的な技術の特徴なのかも知れない。
技術は予期しない発展をもたらす
トラクターを開発した人々は、主に農業の効率を上げることを目的としてトラクターを開発していたと想像するが、それが結果として農業から工業(あるいは戦争)へ労働人口の移動をもたらしたというのが興味深かった。
技術はそれを開発した目的に貢献するだけでなく、開発者自身も意図していなかった波及的な効果を生み出すというのが実は重要なんじゃないかという気がする。
このような波及効果は、汎用的な技術で特に重要なのではないだろうか。例えば、炭鉱の排水のために開発された蒸気機関、電話の長距離通話のために開発された真空管、砲弾の弾道計算に使われたコンピューターなどは、当初の目的をはるかに超えた効果をもたらしていると思う。