機略戦記

Maneuver warfare

「より分断された、より中央集権的なインターネット」という可能性

"Web3"という言葉に代表されるようにインターネットがより非中央集権的になるという将来像がよく語られているが、むしろより中央集権的になる可能性だってあるのではないかと思っている。

具体的には、専制的な国々でインターネットへの検閲や遮断が進むと共に、民主的な国家でもフェイクニュースなどへの各国政府による規制が強まっていく可能性があると思う。

インターネットを遮断する国家が増えると共に、その中でやり取りされる情報がより統制されていく「分断された・より中央集権的なインターネット」という可能性について考えてみた。

不安定な世界

2022年2月に、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻がはじまった。本当に胸が痛む出来事でウクライナに一刻も早く平和な状態が戻ってくることを願っている。

残念な事に社会は全然平和ではない。ロシアによる軍事侵攻に限らず去年(2021年)のニュース一覧をざっと眺めただけで安全保障に関連してこれだけの事件があった。

  • 2021年アメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件
  • 香港警察が国家安全保障法に基づいて50人以上の民主主義活動家を逮捕
  • ミャンマー軍が軍事クーデターで政権を掌握
  • ターリバーンがアフガニスタン全土を支配下に置いたと宣言

人間の「認識」をめぐる戦い

現代ロシアの軍事戦略 (ちくま新書) | 小泉悠 | 政治 | Kindleストア | Amazon

現代ロシアの軍事戦略という良書に『人間の「認識」をめぐる戦い』という概念が出てくる。

例えば、ある政変が民衆を圧政から開放する「革命」とみなされるのか、それとも違法な「クーデター」とみなされるのかによって、民衆や国際社会から得られる支持が全く違ったものになってくる。だから、それぞれの陣営は自らにとって好都合な「認識」が形成されるようにメディアやインターネット上で互いに工作活動を仕掛けるといった事を指す概念だ。

ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争 (講談社文庫) | 高木 徹 |本 | 通販 | Amazon

こうした活動は何もロシアに限ったものではない。嘘ではない情報の「見せ方」を工夫するといった合法的な手段でもこの戦いを有利に進める事ができる。少々古い本だがボスニア紛争における情報操作について書かれた「ドキュメント 戦争広告代理店」という本などが事例として興味深い。つまり、民主的な国家に暮らしていてもこういった戦いに巻き込まれざるを得ない面がある。

インターネットという戦場

認識をめぐる戦いといった概念を念頭におくとインターネットはまさに戦場だと言える。Webで読むニュースやSNSを流れる情報などは人々の認知を形成する上で大いに重要だし、TVなどの伝統的なメディアに比べれば身元を隠したまま都合の良い情報を流しやすいからだ。

手段は色々考えられるが「自らの陣営に都合が良いフェイクニュースを流す」といったものはその代表になるだろう。

良いか悪いかは別として、「インターネット上を流れる情報を統制したい」という動機が国家に生まれることは間違いない。

ハードな統制とソフトな統制

国家がインターネット上を流れる情報を統制したいと思った時、大きく分けて2つのアプローチがあり得ると思う。

一つは中国におけるグレートファイアーウォールのように検閲を行う仕組みを作ったり、ミャンマーのようにインターネット自体を遮断してしまう事だ。このような方法は「通信の秘密」や「表現の自由」といった人権を真っ向から抑圧するものだから民主主義国家には出来ない方法だと言えるだろう。こういうアプローチを仮に「ハードな方法」と呼ぶ事にする。

もう一つは、民主的な過程を経て作られた法律で、フェイクニュースを取り締まる責任をプラットフォーマー(つまりGAFAやその他SNSやメディア)に課す、という方法だろう。

法律には詳しくないが、現状でも発信したら違法になる情報というのは沢山ある(個人情報・名誉毀損にあたる情報・インサイダー・児童ポルノなど)。それにプロバイダ責任制限法のように情報を仲介する者に責任の一旦を担ってもらう法律はあるから、フェイクニュース規制のような立法も、法的に可能か不可能かで言ったら不可能ではないんだと思う。もちろん、技術的にも(限界はあるにせよ)不可能ではないだろう。

仮にこれを「ソフトな方法」と呼ぼう。

インターネットの分裂

上に想像したような方法で、それぞれの国家がインターネットへの統制を強めていったらどうなるだろうか。ハードな方法を取る国は、勢力圏外からの情報を遮断するだろうから、以下のようにインターネットは分裂していくのではないか。

  1. ソフトな統制を行いThe Internetへの接続が可能な多数の国
  2. ハードな統制を行いThe Internetへの接続が遮断された少数の国々
    • これらの国同士がインターネットを共有する動機も無いだろうから、これらの国々では1国家1インターネットになるのかも知れない。

良いか悪いか、望むか望まないかは別としてインターネットはより統制された、かつ分断された物になっていく可能性もあるのではないだろうか。

分断された・より中央集権的なWebで起きること

そうなった時、どんな事が起きるだろうか

続・GAFAの時代?

ソフトな方法では、SNSなどのプラットフォーマーの役割が非常に重要になってくる。

フェイクニュースの判定やフィルタリングは、技術的に不可能ではないにせよ高度な機械学習や人手によるオペレーションが必要な上に、直接的な収益にはつながらない。だから大きな企業にしか出来ない。

世界の安全保障が不安定な内は、これらのプラットフォーマーを保護したい動機が国家に生まれるのではないだろうか。だから独占禁止法によるGoogleの解体といった事は安全保障上実現されにくくなってくるのではないか。

情報統制に穴をあける技術の開発と対策

ロシアによるウクライナ侵攻では、ウクライナがサイバー攻撃を受けインターネットが不通になった。 そうした背景の中で衛星経由でのインターネット接続を提供するStarlinkの端末がウクライナに寄付されたというニュースがあった。

イーロン・マスク、ウクライナの要請に応じStarlink通信と端末提供 - Engadget 日本版

このように、個人が持ち運べる設備からダイレクトにインターネットに接続できる技術はハードな方法でインターネットを統制する国家において情報統制に穴をあける手段になりえるかも知れない。

衛星経由のインターネット接続でないにせよ、VPNやダークウェブは情報統制に穴をあける技術になりえる。当然、当局はこういった技術の規制を試みるだろうから穴をあける技術とそれを検出する技術のイタチごっこが起きるかも知れない。

実際に分断・中央集権に向かっているのか?

ここまで、主に想像でインターネットの可能性について考えてきたが実際のところどうなのか調べてみた。結論としては、そういう兆候はあった。

米国・英国・フランス・ドイツの状況

総務省が開催した「プラットフォームサービスに関する研究会」という会議に各国の規制状況が報告されているので、この資料を参考にした。

資料

総務省|プラットフォームサービスに関する研究会|プラットフォームサービスに関する研究会 https://www.soumu.go.jp/main_content/000668595.pdf https://www.soumu.go.jp/main_content/000635164.pdf

分かったこと

(私の想像とは違って)、米国では少なくとも現時点ではプラットフォーマーの自主規制に頼っている面が大きいようだった。

一方で、(想像通りに)英国・フランス・ドイツには現時点で"有害な情報"に対する何かしらかの規制があり、これらの国では政府によるインターネットへの統制は強まっているようだった。

興味深かったのは、誰が"有害な情報"だと判定するのか、国によって対応が分かれていた点だ。以下のような違いがある。

  • 政府が設置する規制機関(イギリス)
  • 自主規制機関(ドイツ)
  • 裁判官(フランス)

自主規制機関を活用したドイツの場合、以下のような問題点が指摘されている。

①削除するのかどうかの判断が SNS 事業者にとって困難である、②削除しないことのリスクがプラットフォーム事業者にとって高い、といった理由により、プラットフォーム事業者による過剰な削除が起きる

ドイツがそうなのかは分からないが、業界から過剰な自主規制を引き出すことで統制を強めるといったシナリオもありえると思った。

インターネットを遮断する国家

中国政府によるグレートファイアーウォールは有名だが、それ以外にどんな事例があるのかインターネットの遮断について簡単に調べてみた。

今回調べてみて驚いたが、国家が自国のインターネットを遮断する事件というのは、数多く起きていた。 ニュース記事へのリンクだけ貼っておく。

実例を読んでみて気づいたことだが政府に対する不満が高まっている時に「一時的にインターネットを遮断する」といった手段を取る政府も居る。

ロシア当局がTwitterやFacebookへのアクセスを制限する - GIGAZINE

ロシア当局、BBCなどへのネット接続を遮断 「虚偽情報を拡散」(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

ロシアによる「インターネット鎖国」の実験完了は、次なる統制に向けた新たな一歩になる | WIRED.jp

イラクがTwitterやFacebookを遮断、その直後イラク全土のネットワークの約75%がダウン - GIGAZINE

インターネットがほぼ完全に遮断されたイランでは何が起こっているのか? - GIGAZINE

ミャンマーで続くインターネットの遮断が、人々の抵抗を加速させる | WIRED.jp

インターネット、最悪のシナリオが現実に —— 国全体がオフライン | Business Insider Japan

まとめ

長々と書いたが、「分断された・より中央集権的なインターネット」という将来像には一定のリアリティがあると思った。なぜならもう様々な形でインターネットへの規制が増えていっているからだ。

また、今後の動向については、各国政府の他にAlphabet・Meta・twitterなどの大手プラットフォーマーの対応が鍵を握っていると感じた。

ソフトな手段を取る国々にとっては規制を実施するために協力が不可欠だし、ハードな手段を取る国々にとっては遮断すべき筆頭になるからだ。

第二次世界大戦の際に、航空機産業が国家と完全に無関係で居られなかったように、大手プラットフォーマーも国家とは無関係で居られない時代が来るのではないだろうか。おそらくインターネット上でGAFAが圧倒的な存在感を示す時代がしばらく続くのではないだろうか。