機略戦記

Maneuver warfare

冗長性は「無駄」であると同時に「備え」でもある

バナナの危機

バナナはそんなに好きな果物では無かったが、最近良くバナナを食べるようになった。 私達が慣れ親しんでいる種のバナナが近いうちに流通しなくなる可能性があるからだ。なくなると聞くと惜しくなる。

何が原因でバナナが流通しなくなる可能性があるというのか。
原因は「新パナマ病」というバナナの伝染病だ。

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現在、食卓に流通しているバナナには種がない。 もともと、原種のバナナには種があったが、品種改良によって種がほとんどないバナナが開発された訳だ。これが現在おもに流通している「キャベンディッシュ種」という種類のバナナだ。

この種のないバナナは、株分けによって増やされる。交配を行わずに増えるのでクローンみたいな物であり遺伝的多様性が極端に少ない。

だから、単一の病気によって全滅してしまうリスクも極端に高い。
そのリスクが「新パナマ病」という形で現実のものになろうとしている。

前述の通り、今食卓に流通しているバナナは「キャベンディッシュ種」という種類だが、 20世紀中頃までは「グロスミシェル種」という別の種が流通していたそうである。

このグロスミッシェル種というのは、「弾力があって、クリーミー」で現在流通しているキャベンディッシュ種より美味しかったらしいが、パナマ病という単一の病気で壊滅的な被害を受け、現在はほとんど流通しなくなってしまったらしい。

何か出来ることはあったのか

種のないキャベンディッシュだが、種がある原種のバナナと交配することで、数十万本に1粒の割合で種が出来るらしい。このような方法でキャベンディッシュの亜種をあらかじめたくさんの種類増やしておけば、中には新パナマ病に対して耐性があるバナナがあったかも知れない。

しかし、そのような手間をかけてバナナの遺伝的多様性を確保しようとした人は居なかったようである。

バナナの危機と冗長性

株分けで増える種のないバナナは、品質のばらつきが無く効率的に生産できただろう。 つまり、冗長性が無い。そして、その冗長性の無さは単一の病気による全滅というリスクと表裏一体である。

「冗長性は無駄であると同時に備えでもある」という事を実感した。

冗長性が削られていくメカニズム

  • 「効率的に生産できるか?」という短期的な利益についての指標は定量化しやすい一方、
  • 「バナナから遺伝的多様性が失われている状態を放おっておけば、単一の病気による全滅のリスクはどのくらい高まるか?」という長期的な利益(損失)についての指標は定量化しにくい。

遠い未来ほど不確実性が高くなるので、物事全般について「短期は定量化しやすく、長期は定量化しにくい」という原則が働く。

この原則と、数値にもとづいた理性的な意思決定が組み合わさると冗長性はどんどん削られていく。

例えば、バナナ生産企業において、経営陣に対して、以下のような2つの提案が行われたとしよう。

  1. 「バナナの遺伝的多様性を高め病気による全滅のリスクを回避するために、1億本のバナナをすりつぶして1000個の種子を手に入れ、それを育てましょう!!! 『その施策で病気による全滅のリスクをどのくらい減らせるか?』ですって? それは…定量的には何とも言えません。でも、だいぶ良くなるでしょう」という意見と、

  2. 「そんな施策にお金を使うより農場を広くして生産量を増やしましょう。XXXXXドルの投資で生産量が年間X%向上するので、X年で投資がペイできます。」という意見があれば、

数値に基づいて理性的に判断すれば間違いなく後者の意見が選ばれる。 しかし、そうして理性的に判断して冗長性を削っていった結果、バナナは今、全滅の危機に瀕している。

そして、この現象はバナナに限らずどこででもよく起きうる問題である。

まとめ

  • 冗長性は無駄であると同時に備えでもある
  • 短期は定量化しやすく長期は定量化しにくい
  • 数値に基づいて理性的に判断すると、定量化しにくいものは定量化しやすいものより軽視されやすい

以上がそろうと、短期を重視して冗長性を削りまくる事になり、最終的には長期的利益をそこなって破滅する。

数値に基づいた理性的な判断を超える何かが必要である。